デス・オーバチュア
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広大な空を彷徨い続ける城。 誰もその名も、その存在すら知らない、たった一人の男のためだけに存在する城。 支配する民を持たぬ代わりに、何者にも支配されないたった一人の王の住む場所。 ダイヤモンド・クリア・エンジェリックはその城の中でお茶を楽しんでいた。 「……そういえば、お前が来てからもう一ヶ月ぐらい経つな……いい加減帰らなくていいのか?」 ダイヤと向かい合っているのは、緑茶(極東のグリーンティー)を啜っている金髪の巫女(東方風)である。 「あら、お邪魔かしら、エアリス?」 ダイヤはミルクティーを飲み干すと、クスリと笑った。 「いや、私としては話し相手がいて助かる。お前が居ないと実質この城に一人になってしまうからな……」 「ふふふっ、あの二人は居て居ないようなものですものね」 あの二人というのは、この城に存在する残り二人……この城の王とその愛剣である。 「お兄様達が留守の間は向こうから遊びに来てくださったというのに……私がこちらに来てからは数えるぐらいしか二人の顔を見ていないのよね……ふふふっ、一体何をしているんだか……」 ダイヤは二杯目のミルクティーに口をつけた。 「お前のことだ……気づいているのだろう? しょっちゅう 此処には抜け殻だけになっていることに……」 「ええ、何処に飛ばして、何をしているのかも大体推測できますわ」 「それは凄いな。行き先と目的までは私には解らなかったぞ」 金髪巫女……エアリスは水羊羹(みずようかん)を一気に口の中に放り込む。 「ふむ……そろそろ東方に戻るかな? 持ってきた茶菓子も底を尽くし、東方の料理が恋しくなってきた……」 「東方の料理といえば、最近、どんな料理でも作る流しの料理人があちらこちらの街に出没しているそうよ」 「……ほう……」 「道場破りみたいに、店を占拠して勝手に料理を作るそうで……料理業界では人間災害に認定されたとかなんとか……」 「ふむ……その者も凄いが、私には、この城に居たままそんな情報を仕入れてくるお前も凄いと思うぞ……」 「あら、有り難う。ふふふっ、実は結構ゴシップ好きですのよ、私」 「そんなレベルの情報網ではないと思うがな……地獄耳が……」 「ふふふっ、そろそろ日没ですわね。自然の為す美しいグラデーション……魔法の時間がもうすぐやってきますわね」 ダイヤは窓の外の景色に視線を向けた。 クリスタルレイク。 中央大陸一の透明度を誇る古代湖。 七つの国が生まれる遥かな昔、大陸が今の形をなす以前から、存在し続ける美しい湖。 その湖の畔に一人の少女が座り込んでいた。 まるで蝙蝠の翼のようなボロボロの長いマントの下に、赤みがかった黒と薄赤い白でデザインされた、リボンやフリルの多い可愛いらしいエプロンドレスを着た十三歳ぐらいの少女。 少女の髪と瞳は赤みがかった金色だった。 「…………」 少女は空を眺めている。 西の地平線に沈む直前の太陽が、空を真っ赤に照らし出していた。 「ルルウウウウウウウウウウウッ〜♪」 妙な鳴き声と共に、少女の背後に何かが降り立つ。 「うるさい鳥だぜ。せっかく人がマジックアワーを楽しんでいるのに……」 「マジックアワ〜? 日没〜、マジカルアワ〜♪」 「そうとも言うな……て、最近の鳥は人語を喋るのかよ!?」 ストロベリーブロンドの少女……赤月魔夜は立ち上がるなり二丁のハンドガンを背後に発砲した。 弾丸が到達するよりも一瞬だけ速く、それは飛翔して空へと逃れる。 「たく、野暮な鳥だぜっ!」 魔夜は上空に現れた『赤い影』に向かって迷わず連射した。 影は弾丸よりも速く真っ赤な空を飛び回る。 「リリリリリリリリィィィッ〜♪」 「とっ!?」 影は弾丸をかいくぐりながら、魔夜に迫った。 影の正体が露わになる。 それは鳥、それは人、赤く発光する二つの『鉈(ナタ)』が魔夜を十字に切り裂いた。 「ふう、アブねえアブねえ」 一匹の赤い蝙蝠が空を羽ばたきながら、嘆息する。 蝙蝠は、眼下の地上に立っている鳥とも人ともつかない赤い存在を見下ろした。 一応は人間、顔以外の全身を暁色(ぎょうしょく)の全身鎧で包み込んでいる。 もっとも特徴的なのは背中に生えている鋼鉄の『翼』だ。 細長い鋼鉄の板を六枚繋ぎ合わせて作ったような翼が、左右に一翼ずつ生えている。 両手に持っている武器は東方で鉈(ナタ)と呼ばれる、主に薪割り、枝打ち、木工などに用いられる幅が広く厚い刃物に短い木の柄をつけた道具だ。 西方や中央ではハチェット等と呼ばれるが、その呼び名では魔夜の使うトマホークなどの手斧の一種である、さらに小さな手斧などもそう呼ばれるため、区別があやふやで紛らわしい。 鉈、ハチェットとは武器の種類的に小刀(ナイフ)にも、斧(アックス)にも含まれることがある、境界に存在するような微妙な武器だった。 肉厚で刀身の前頭部に重心があり、その遠心力によって対象を切断する。 自重によって対象を潰し切るソード類と違い、遠心力によるカッティングを目的としている為、ソード類よりも軽く、持ち運びが容易ではあるが、使用には多少の慣れが必要とされた。 また、重心の偏りのために起こるジャイロ効果により投擲時のブレが少なく命中しやすいため素人にも扱いやすい。 ……以上が鉈、ハチェットについての魔夜の持っている知識だ。 だが、問題はあれが鉈であるということではない、あれが普通の鉈ではないということこそが問題なのである。 「試してみるか」 赤い蝙蝠が人型……赤月魔夜の姿に変化した。 「ヴァンパイアトマホーク!」 魔夜は両手にトマホークを出現させると、先程のお返しとばかりに、暁の鳥(のような人間)に向かって急降下する。 「今度はお前が十字に切り裂かれなっ!」 魔夜はやはり先程のお返しとばかりに、相手を十字に切り裂こうとしたが、二本のトマホークは二本の鉈で見事に受け止められていた。 「ルウ〜♪」 「やばぁ……!」 魔夜はトマホークを手放し、背後に滑空するように離れる。 直後、二本のトマホークは真っ二つに『焼き切られて』いた。 「ヒートトマホークならぬヒートハチェットかよ」 魔夜は滑空して後退しながら、背中から二丁のハンドガンを取り出し発砲する。 「ピィィィィィィィィィッッ〜♪」 暁の鳥は奇声を上げて、弾丸を低空飛行でかいくぐりながら魔夜を追撃した。 「なんて言っているか解らねえよ、馬鹿鳥っ!」 目前にまで迫った暁の鳥に向けての殆ど零距離での発砲。 だが、暁の鳥は、撃ちだされた弾丸ごと、ハンドガンを二丁とも左手の鉈の一閃で焼き切ってしまった。 さらに、右手の鉈が魔夜の首を刎ねようと迫る。 「ああっ!?」 「フウッ〜♪」 ボロマントが独りでに魔夜を守るように全身を包み込むが、暁の鳥は構わずに、マントごと魔夜を横に真っ二つに焼き切った。 真っ二つにされた魔夜が、黒い霧と化して周囲に霧散する。 「脆弱〜、不合格〜♪」 暁の鳥は、二本の鉈をそれぞれ、太股に取り付けられているフォルダーに拳銃のようにしまった。 「マジカルアワ〜、綺麗綺麗〜♪」 暁の鳥は、今にも完全に地平線に沈もうとしている太陽を眺めて、子供のように無邪気にはしゃぐ。 『ああ、綺麗だな。だが、今日の太陽はもう見飽きたぜ』 「フウ〜?」 突然、太陽が完全に沈み、夜の帳が下りた。 まるでいきなり真夜中になったかのように、深い闇が世界を覆い尽くす。 『マジックアワーはもう終わり……ここからは私の……魔法の夜(マジックナイト)の時間だぜ!』 闇夜の中にあって、なおはっきりと姿が見える程に、より深く暗い闇が一点に集まり、形を成していった。 ストッキング、アームフォーマー、秘所と胸をギリギリ隠すだけの下着、たったそれだけを身に纏った幼いながらも扇情的な少女。 少女の背中には巨大な蝙蝠の翼が生えていた。 「セクシ〜、サキュバス(吸精鬼)〜?」 「違うぜ、ヴァンパイア(吸血鬼)様だぜ!」 暁の鳥の視界、闇夜から魔夜の姿が消える。 「ウィッ!?」 突然、後方に飛び退いた暁の鳥の左肩の装甲が何かに貫かれたように砕け散った。 「まだまだこれからだぜ! 夜の吸血鬼の強さ……たっぷりとその体に教えてやるぜ!」 魔夜は赤い血の付着している右手を妖艶に舐める。 暁の鳥の左肩の装甲を貫いたのは、魔夜の右手の手刀だった。 「やる〜、あなた強い〜♪ フェイタルフェザー(致死の羽)!!!」 暁の鳥の左翼の板が三枚外れて、空に飛び立つ。 板は二カ所で折れ曲がり、二股の槍の先端のような形になった。 「ああ? なんだそりゃ?」 「ビ〜ム〜♪」 変形した羽の又から暁色の光線が撃ちだされる。 「ざっ……ざけんなっ!」 魔夜は襲い来る光線を右手の甲で叩き落とした。 「熱ちいいぃぃっ!?」 魔夜の右手の甲が火傷したような損傷を負っている。 「今のは最低出力〜、本気これから〜♪」 変形した三つの羽が同時に、超々高熱の熱線を魔夜に向けて撃ちだした。 「うわっと〜」 魔夜は熱線を、飛んで逃れる。 熱線の命中した大地が、木々が一瞬で蒸発して消え去った。 羽達はそれぞれ意志を持つのかのように自在に飛び回り、熱線を魔夜に向かって撃ち続ける。 「ちっ!」 魔夜が右手で虚空を切ると、赤黒い光の刃が打ち出された。 光の刃は、熱線を撃ちだす羽の一つを切り捨てようとするが、羽はギリギリで見事に光の刃を回避する。 「チョロチョロとうぜえ……もうお前らは無視だ! 無視!」 魔夜は熱線を回避しながら、羽達の主人である暁の鳥を睨みつけた。 暁の鳥は、攻撃を羽達に完全に任せ、自分は腕を組んで、羽達と魔夜の戦闘を眺めている。 「高貴なる血の洗礼を浴びて……消し飛びやがれ! ガアアアアアアアアアアッ!」 魔夜の口から、血のように赤き閃光が爆流のごとく吐きだされた。 ROYAL BLOOD、魔夜が武器形態の時放つのと同じ必殺技である。 「リバースデルタ〜♪」 「あああっ!?」 三つの羽が暁の鳥の前面に戻り、互いの放った熱線を繋げて逆三角形を描いた。 魔夜が口から放った赤い閃光は逆三角形の中心を撃ち抜こうとするが、逆三角形の内側には薄い光の膜が張られていて、赤い閃光の突破を阻み続ける。 「行け〜、フェイタルフェザー!!!」 赤い閃光を阻み続けるリバースデルタの壁の向こう側から、新たに三つの羽……フェイタルフェザーが解き放たれた。 フェイタルフェザーは魔夜を包囲するように近づきながら、熱線を撃ちだし続ける。 「ちっ、ROYAL BLOODで撃ち抜けねえエネルギーフィールドだと……」 魔夜は空を飛び回り、熱線をギリギリでかわし続けていた。 ROYAL BLOODを防いだデルタの壁も役目を終え、さらに三つ……計六つのフェイタルフェザーが魔夜を射撃しながら、包囲していく。 「うざったい……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」 魔夜から爆発的に魔力が放出され、迫る熱線を全て弾き返した。 さらに、フェイタルフェザーの包囲網を突破し、暁の鳥に向かって急降下する。 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!」 「守れ〜、フェイタルフェザー!!!」 降下してくる魔夜が回転して巨大なドリルと化すのと、暁の鳥が残りのフェイタルフェザーで二重のリバースデルタを作り出すのはまったくの同時だった。 「ちっ、手応えあったと思ったのに……逃げられたか……」 クリスタルレイクには、魔夜一人が取り残されていた。 リバースデルタを二枚貫いて、暁の鳥の胸甲に両足を叩き込んだ……そこまでは間違いない。 だが、ドリルと化した魔夜は暁の鳥を貫くことなく、代わりに地面に巨大な穴を穿っていた。 「……そういやあ、私、なんで殺り合ってたんだ?」 背中の巨大な蝙蝠の翼が、普段身に纏っているボロマントに変化し、魔夜の体を包み込む。 「自衛?……ああ、そうか、五月蠅かったからか……」 魔夜にとってさっきまでの戦闘は、目障りな蠅や蚊を潰すのと大差ない行為だった。 予想外に歯応えがある害虫であり、仕留めきることはできなかったが……この場から追い払うという目的は果たせている。 「……て言っても、もう夜にしちまったしな……」 害虫がいなくなって静かになったと言っても、観賞の対象であるマジックアワーが終わっていては意味がなかった。 「まあいいか、それならそれで、夜の散歩と月見でも楽しむだけだぜ」 魔夜は一匹の赤い蝙蝠に転じて、闇夜に飛び立つ。 「まずは夜食でも捜すか……あの馬鹿鳥のせいで焼き鳥が食いたくなってきたぜ……」 一匹の赤い蝙蝠は、闇夜の中にに消えていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |